2018年2月7日水曜日

発達障害チェック 1


発達障害と言われる行動には特徴的なものが観られるが、その程度はさまざまで、普通の人でも多かれ少なかれ個性として持っている人が多いのです。
要は、その思考、行動傾向が日常生活に支障が出なければ個性と云われています。

この独特の個性は「まさか自分が?」と、自覚出来ていない人も少なくないのです。
意外にも、この個性を自分は持っていたんだと知って、逆にホッとしたという人も多いのです。私もその一人です。
この個性は活かし用で才能にも成るということを、知って欲しいと思います。

私なりに鑑定で気付いた現象を数回に分けてBlogに記述してみます。

発達障害と云われる事が原因で、人生に於いて様々な試練として現れることは紫微斗数の命盤に現れています。
生まれた時点で作成できる紫微斗数の命盤は、発達障害を持って生まれて来て、人生をどのように過ごして行くのかが予測できます。

紫微斗数の命盤から、辛い出来事に遭遇することが予測できる訳ですが、それを避けることは努力によって出来ると考えています。早い時点で気付けば心が傷付くことも少なくて済むでしょう。
命盤通りの辛いシナリオを歩まなくても済むと思います。

以下に挙げた現象はすべて備わっている訳では有りません。人により様々ですのでご承知ください。


■幼少期
1,手を振って「バイバイ」する時に、手のひらを自分に向ける。
2,言葉を話すのが遅かった、話し掛けれられるとオウム返しする復唱や独り言が多い。
3,皆が見たり指さすものへの関心を示さない、呼び掛けられても気が付かない。
4,幼い子供は親の顔を見ることが多いが、それが少ない。親のことを気にしないで遊びに集中する。
5,話すようになっても、大人びたような話し方、変に丁寧な話し方をする。
6,表情、身振りなど身体を使った表現が出来ない。
7,冗談や話の文脈を理解し難く、結果的に「空気が読めない」という特徴が有る。
8,孤立、受動的など一方的な関わり方を周囲とする。他の子供と明らかに様子が異なる。
9,発語するようになっても、数カ月後には話さない、1~2年後に再び話すようになる。
10,遊びなど同じことを好む、毎日が同じ繰り返しになる。
11,未知の遊び、場所、人物に抵抗を示す。
12,電車や虫、数字、記号、物など特定の物事に強く興味を示す。興味の範囲が狭い。
13,小学生程度でも図鑑にはまり、昆虫や出来事などの事実を機械的に記憶するのに優れている。
14,好きなことには優れた結果を出す。そうでないことには全く成果が出ない。得意不得意が極端。
15,手順を変えられない。決まった通りに毎回する。手順を変えられると戸惑ってしまう。
16,決まった規則や手順があると守れるが、守ることに拘りすぎて周囲と衝突しやすい。
17,好きなことへの情熱が強すぎて、その分野で人に負けたりするとパニックになる。
18,常同行動(同じ動作を繰り返す)が有る。[道具をくるくる回すなど]
19,「一番病」が有る。[好きな分野で一番になれないとパニックになる、異常な競争心]
20,自分のやり方やペースを常に最優先にする傾向。
21,話せるようになっても言葉に出さない。
  (欲しいものが有っても言葉に出さずに、お母さんの腕を引いて、その場所に連れて行くだけ)
22,感覚異常
  (洋服の生地や縫い目、タグを嫌がる。触られるのを嫌がる。抱きしめられるのを嫌がる)
  (手をつなぐのを嫌がる、顔を近づけられるのを嫌がる)
  (怪我をしても痛がらない、蚊に刺されても平気、血が出ていても平気)
  (爪切りを嫌がる、散髪を嫌がる、歯磨きを嫌がる、帽子を被りたがらない、靴下を嫌がるなど)
23,味覚異常、嗅覚異常(好き嫌いが多い、普通の臭いで気分が悪くなる、香水で気分が悪くなる)
24,独りになっても、迷子になっても泣かない。
(親から勝手に離れて迷子になる、直ぐに何処かに出ていってしまう)
(興味の有るものを見付けると衝動的に走っていってしまう)
25,同時に複数のことが出来ない。
  (先生の話を聴きながら、ノートをとる、黒板の文字をノートする事が出来ない)
  (体操やダンス、踊りが苦手、出来ない)
26、運動会、学芸会、文化祭が嫌い(時間割が変更されるため、普段と違うことへ対応出来ない)

<続く>


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2018年2月4日日曜日

67年を振り返って-7


父ちゃん母ちゃん二人で営業してる田舎の電気店は、私の実家に近い町だったので私は甲府市の歓楽街の貸家から実家に戻った。

夜はフクロウが鳴き、夜遅くには田舎道を狐や狸が徘徊するほどのド田舎なので、田舎暮らしが慣れるまで街のネオンが懐かしく寂しかった。

新しい勤務先となった電気店は50歳代の社長と、もう少し若い奥さんの二人で経営する普通の電気店だった。社長も奥さんも優しくて、昼食も夕食も毎日食べさせて戴くようになり、家電会社の勤務とは格段に幸せになった。給与は家電会社から支給されるので安定していた。
家電店への勤務の日にちが過ぎていくと、私はすっかり電気屋さんの店員が板についた。
それまでは問屋的な家電販売会社の環境が電気店では直接お客様と接する仕事となり、営業こそ店主の社長の仕事だが、販売できた家電品の納入、据え付けは一人で行ったり社長と一緒に行ったりと人間臭い仕事が多くなった。それは私にとっては楽しい仕事であった。
でも訪問する何処の家も年寄りばかり、若い人の姿は滅多に観ることがなく19歳の私としては寂しかった。

毎朝、お店に出勤するとシャッターを開け、お店の掃除、一日の仕事の確認、工具や材料の準備をして社長の運転する軽トラックで、私は助手席。
社長は技術屋さん的な人だったが話し好きだったから、私は様々な社長の体験談を毎日聴かせて貰った。
今に成れば、この時の社長との会話は物凄く私に影響を与えたと思う。社長は真面目な穏やかな人でお客様に好かれていた。でも本当は物凄くHな社長だった。怪しげな写真を見せてくれたこともある。

日々社長の話が進行すると最後には奥様との夜の生活まで話が及んだ。実にリアルな描写の社長の夫婦生活の話に、何も知らない私はワクワク楽しかった。
しかし、一日の仕事が終わって夕食を戴く時には、社長の居間にお邪魔して夕食を戴くので奥様も一緒になる。
昼間の話に、何も知らない奥様の顔を観るのが恥ずかしかった。
奥様は「由紀さおり」さんをもう少し可愛くしたような女性で魅力的だった。19歳の私でも社長が羨ましかった。しかし可愛い奥さんだが内面は気の強さを感じた。その証拠に社長は奥様の尻に敷かれていたからだ。
私の命盤は桃花性が強いが、きっとこの時にその芽が出たのかも知れない。それまでまったく女性にモテることはなく寂しい日々であった。
すっかり社長の家族に成りきってしまって、毎日毎日社長や奥さんと気軽に話せるようになっていて仕事も楽しかった。お客様も若い「店員」にお店の評価も良くなったらしい。


奥様は社長が留守の時でも、昼食はもちろん、夕食もキチンと用意してくれていた。
夜9時、最後のお客様訪問が終わってお店に戻り、シャッターを締めて片付けも終わり、社長のリビングにお邪魔する。奥様はいつものように夕食を作っていた。
「あら、宮崎くん、今日はね、お父さんは出張で遅くなるから夕食を食べたら一休みして帰っていいよ」
「そうですか、社長は遠くですか?」
「うん、多分夜中になるわね」
私は雑談をしながら夕食を戴き始めた。
奥様は出来たての料理をテーブルに運んでくれる。
リビングは8畳間程度で、板の間にコタツが置いてあり、奥様は流しに向かい背を向けている。
コタツに入ると、私としては家に帰ったような錯覚を覚えるのだった。
「お父さんね、宮崎くんは良くやってくれる、って喜んでいるよ」
「そうですかぁ」
私は照れた。
奥様は最後の料理を作り終えると私の座っているコタツの右横に座りニコッと見つめてきた。
こんな雰囲気始めてなので照れまくっていた私だった。


それから月日は流れ、そんなある朝、お店に出勤して掃除をしていると、「おはようございます」と若い娘さんがお店に入ってきた。
まん丸顔にどんぐりのような瞳、シュートカットに身長は1mちょっとのような愛くるしい人形のような女性でミニスカートの裾からちょっと逞しい脚が観えて、全体コロッとした印象の女の子だった。
「いらっしゃいませ」
女の子は人懐っこく終始ニコニコ。
「え~と、何かお求めですか?」
早朝から女の子がお店に入って来て、私の顔をじっと観てニコニコしているだけなので困ってしまった。私もつられて黙ってニコニコ。
「あのね、今日からここのお店番するの」
「えっ? お店番?」
ちょっと意味が分からなかった。
そうしていると奥から奥様が現れた。
「ああ、宮崎くん、今日からね、ここで働いてくれる山本さんよ」
「山本さんですか、店員さんなんですね」
奥様はニコッと。
「そうよ、私が年中お店に出ていられないのでお店番してくれる人を探していたの」
私は嬉しくなった、どこのお客様の家に行っても爺さん婆さんしか居ないからだ。

奥様はお婆ちゃんの介護も有るので年中お店に出ていられないのだ。
山本さんは、その日からお店番となった。事務仕事がある訳でも無いから、お店の掃除と来店のお客様の応対、そして電話番が主な仕事だ。
山本さんにはバネが仕掛けられているようにいつも元気にピョンピヨンとお店の中を動き回っていた。
私の中には、そんな山本さんを眺める楽しみが出来始めた。
何処と無く相性の良さを感じた私は気軽に山本さんに話しかけていた。山本さんも私には全く気遣いなどしていない様子だった。ずっと昔からの知り合いみたいに。

それから一ヶ月も経たない内に私と山本さんは休日にはドライブに行くまでになっていた。
社長にも奥様にも、このことは内緒にしていて気付かれないようにしていたが、ある日奥様から。
「宮崎くん、山本さんのこと好きなの?」
突然、突拍子もない質問が飛び出してきた。
私は一切を悟られたくなかったので「いいえ」と軽く否定した。
「そう? 山本さんが宮崎さんとドライブに行った。って言っていたからね」

私は、「お喋りだなあ山本さんは・・・」と思った。

「はい、先日、箱根にドライブには行きました」

奥様は何が言いたげだったけど「そう・・・」とだけ言い残してお店の奥に消えた。
その日は、山本さんは用事が有って出勤していなかった。

それから数日経っても山本さんは出勤して来なかった。

私は山本さんの家を尋ねた。年老いたお母さんが居た。山本さんは電気店を辞めて県外に行ってしまったそうだ。

「何故? 奥様に何か云われたの?」そう思った。
私は不吉な思いがよぎった。

それから数日後に奥様に聞いた。
「奥さん、山本さんはずっと出勤して来ないけど、どうかしたんですか?」
「あの子、辞めたの。というか辞めて貰ったの」
「どうしてですか?」

「う~ん…。宮崎くんには、もっとふさわしい人が出来るわよ」
私は平穏を装った。

それからの日々は電気店へ出勤するのが楽しく無くなった。

そして、それから数ヶ月後、私は電気店を辞めた。


<続く>


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2018年2月3日土曜日

発達障害


『発達障害』
こんな言葉を最近よく耳にしますが自分には関係ないと思っていませんか?
しかし、子供の頃から「自分は他の人とどこか違う」と思い悩み、生きにくさを感じて来たことはありませんか?
実は意外と誰でも多少のこんな特性は持っている可能性があります。これが酷くなれば社会で生き難く対人関係で苦労します。

こうした特性は幼少期から現れています。
成績が良く、問題行動も起こしたりしない人ほど気付かれにくく、大人になって初めて社会不適応が明らかになり、ようやく発達障害と判ったケースが多くみられます。

当事者の中には、子供の頃からこのように感じてきた人がいます。
発達障害であることが判明して、むしろホッとしたという人が少なくありません。

これを障害と捉えず、適応上の問題と捉え、その対処法を具体的に学び他者とのズレを認識することでスムーズで快適な社会生活を送ることが可能です。

発達障害の人だけに限らず、変化の激しい現代社会に不適応を感じている多くの人も個性を活かし、自分らしいライフスタイルを作り上げることが出来ます。

そんな思いを実現するために私はお手伝いが出来たらと思います。


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2018年2月2日金曜日

対人関係の悩み、あなたは如何ですか?


私の所に相談に来られる方で対人関係の悩みに、ある種の共通性が観られる方たちがいます。
そんな共通性とは以下のようなことです。身に覚えは有りませんか? あるいは周囲にこんな方は居ませんか?

小さい頃に親と視線を合わせない、また甘えたり抱っこをせがんだりしない、独り遊びが多く手がかからなかった。小学校にあがるようになっても友人が出来なかったり少なかったり、本人も独りぼっちでも寂しがらなかったり、むしろ独りで居ることが好きだったり。
親からみたら手の掛からない良い子(?)だったり。


そもそも独りが好きということは、大勢で居ると気遣いしたりして疲れてしまうことも多いようです。そんな貴方、対人関係は大丈夫ですか?


会社員になってから何か変? 疲れてしまう。
もしかして以下のような体験は有りませんか?
同僚との飲み会に参加して料理をぺろりと食べてしまい他の人が食べようと思う時、何もなかったとか。
人と話す時に顔を近づけ過ぎて嫌がられたり。むやみに大きな声で話してみたり。目上の人に馴れ馴れしく話したり。自分勝手と思われたり。待ち合わせの時間に毎回ルーズで遅れるのが当たり前とか。喋り出したら止まらないとか。


必要以上に他人に気を遣い過ぎて、すぐに「ごめんなさい」という人。やたらと丁寧な言葉使いの人。人に気遣いし過ぎて落ち着かない人。気遣いのあまりに怯えてしまう人。
逆に無頓着過ぎて気の利かない人、でも自分では一生懸命に気を遣っているつもりなのに、気が利かないなんて言われてしまったり。

会話の時に目が座っているようにジッと相手の目を見続ける人。
きっと本人は気付いていないでしょう。
もし対人関係での悩みが有るのなら、ちょっと考えてみてもいいかも。


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2018年1月28日日曜日

66年を振り返って-6


工業高校を卒業し地元の家電販売会社のサービス課に勤務が始まった。
社会人一年生で一人暮らし、何もかも初体験だった。
元々一人遊びをして育っていたので、実家を離れ一人暮らしは嫌でも、寂しくもなく、むしろ楽しかった。小さい頃から友人も少なく孤独を寂しく感じることは無かった。そういう育ち方をしたのだろうと思ったが、今になってみれば一人で居ることが好きだったといえる。世の中には友人が居なかったり家族が居なかったりすると耐えられないという人も居るが、逆に一人が一番好きという人も居る訳である。しかし、ここでちょっと考えてもよいだろう。もしかしたら、こういう一人が好きな人には生まれ付きの特別な精神的な何かを持っている場合もあるのだ。
相談に来られる人の中には、いわゆる「発達障害」という傾向を持っている人に「一人が好き」という人も多いと感じる。何かをするにも、誰かと一緒にするのは煩わしいとか思ったり、一人でするのが好き、という人で対人関係が苦手な人は、もしかして、そうなのかも知れない。
私は還暦過ぎる頃まで気付かなかったけれど「発達障害」であったと思う。
この「発達障害」が社会に出て、後に散々のシナリオの源であったと言える。

下宿の時には大家さんの家族が大変に煩わしかった。しかし、一軒家に引っ越してからは本当に一人になって、しみじみ一人暮らしに安らぎホッとした。

家電販売会社に勤務が始まり、直ぐに隣の席の先輩に虐められ始めた。
その先輩は私の隣に席に座っていては、私の一挙手一投足を観ていてはイチイチ文句を言い始めた。その時の先輩は、如何にも嫌なものを観るような目つきで眉間に皺を寄せて「その話し方は変だ」、「何でお前はそういう風なんだ」と云われるが、私には何の事を言っているのか皆目見当がつかない。

私はその先輩が嫌いではなかったし、仲良くしたいと思っていたので、先輩の気に入らないことを改めたいと思うのだが、私の何が悪いのか、何を改めれば良いのかサッパリ分からなかった。
そこである日私は先輩に聞いてみた。
「先輩、私。何かマズイですか? 何処を直せばいいですか?」
先輩は苦虫を噛み潰したような顔をしながら「お前、直せないだろう。いいよ」
「はあ?」

私は肯定して貰えたのかなと思ったが、先輩はその後も頻繁に苦虫を噛み潰した顔で「何だお前それは?」と云われ続けた。

「何だそれは?」と言われても何の事だからサッパリ?
だんだん私の気持ちは落ち込み始めた。
毎朝、会社に行ってその先輩の隣の席に座るのが恐ろしく嫌になっていった。
ついには家に帰っても先輩の苦虫を噛んだ顔が浮かぶようになった。
他の先輩に聞いてみたことも有った。
「先輩、俺どこか変ですか?」
「変じゃないよ、何故?」
「あっ、そうですか・・・」

他の先輩は何とも思っていないらしい、他の先輩は会社が終わった後に呑みに連れて行ってくれる人もいたくらいだ。
しかし、隣の苦虫を噛んだ先輩は、私の天敵になっていった。もう毎日がアレルギーに成りだし、その先輩を見るたびに私は過剰反応が起き出した。腹痛、冷や汗、動悸、下痢と始末は悪かった。

まだ入社半年の頃だった。
何とか苦虫先輩のところから逃れる算段は無いものかと苦慮していた矢先に、第一次オイルショックが始まり、会社は業績不振に陥り入社間もない連中に出向の希望を募りだした。

私の会社の出向は、取引先の家電販売店へ店員として出向することだった。

私は一番に手を上げた。
直ぐに希望は採用され、私は実家に近い家電販売店へ出向が決まった。

その販売店は、父ちゃん母ちゃん二人で営業してる田舎の電気屋さんだった。


<続く>


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宮立命ブログは引っ越しをします。

Goo blog をご覧の皆様いつもご訪問ありがとうございます。 宮立命のblogはAmeba(アメーバ)blogで情報展開中です。 どうぞ、ご訪問をお待ちしています。 こちらのGoo blogは今回で更新を終了します。 宮立命アメーバブログは以下のAmeb...