コチコチ音の正体
私は三~四歳ぐらいの頃の記憶が、70歳にもなろうという今でも、ビデオ映像のように鮮明に覚えている。
私が小さい頃、家に初めて目覚まし時計というものが仲間入りした。
その目覚まし時計は、お爺さんが街の時計屋さんから日露戦争の軍人恩給で買って来たのだ。
文字盤は夜中に緑色で光り、頭に二個の金色のベルが付いている。薄緑色の金属のボディーは丸くて、二個の金色の足も付いていた。
ボディーの左右には腰にあてた腕のような取っ手が付いて、まるで胸を張った小さな人みたいにも見えた。
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その目覚まし時計は家族の仲間入りをすると、家族みんなからとても注目されるようになった。何しろ目覚まし時計なんて家族誰も初めて見る物だから。
幼少期から不思議な物が大好きな私は、その可愛い目覚まし時計が気になって仕方が無かった。いつも「コチコチ」と音を立てていて、見るたびに髭のような針の位置が変わっている。
手に持ってみると、ずっしりと重くて、冷たいボディー、それなのに絶え間なく「コチコチ」と内部から聞こえてくる不思議な音に、それは何か生き物みたいに思えた。
そんな目覚まし時計に私は虜になってしまい、目覚まし時計を毎日じっと眺めていた。
それから数日後、ついに私の好奇心が限界に達してしまった。
目覚まし時計の後ろ側に小さなネジが幾つも有ることに気付いたのだ。
お爺さんの小引き出しに小さなネジ回しが入っているのを知っていた私は、そのネジ回しを時計の裏のネジに当ててみるとネジが回ることに気付いた。
今思えば、三歳ほどの私がネジ回しを使えるのは不思議なのだが、日ごろお爺さんがネジ回しで小さなものを修理しているのを見ていたので、多分それで覚えたのだろう。
その頃から変わり者の子供だったのだろう。
幾本かのネジを緩めると後ろのカバーが外せることに気付いた私は、ネジ回しと時計を持って家から少し離れた田んぼの端に行った。小さいながらも時計を分解することは悪い事と分かって居たのかも知れない。
その日は、お爺さん以外は誰も居なかったけれど、お爺さんの見ていない隙に、そっと家を抜け出した。
田舎の農家だから、家の縁側や玄関には鍵など付いて居ない。
いつでも開けっ放し、家は庭も広いし近所には家も無い、周囲は田んぼばかりの所だ。
密かに田んぼの畔のところで座り込んで、目覚まし時計の後ろのカバーを外した。
時計の内部に不思議な部品がぎっしり詰まって動いている。
クルクル早く回っている部品もあれば、じっとして全く動かない部品もある。
そんな中に「カックン、カックン」と動いている小さな部品を見付けた、その部品の処から「カチカチ」と音が聴こえてくるのだ。
それは、それは不思議な物だった。私はワクワクした。
きっと目がとても輝いていたのだろう。
更に見えているネジを緩め始めると、次々と時計の部品が外れていった。その内に突然に内部の部品が「バシッ」と音を立てて飛び散ったのだ。その勢いで指先に痛みも走った。怪我はしなかったが怖かった。
動力源となっているゼンマイが外れて飛び出したのだ。その勢いで様々な歯車や細かい部品が飛び散った。
時計を元通りに出来るかは気に成らなくて、分解し始めると夢中になってしまっていたのだ。
一気に飛び散ってバラバラになった目覚まし時計を見て、私は我に返った。
「コチコチ」音は止まっていた。
私によって分解されて死んでしまったのだ。そう思った。
目覚まし時計は生きていたから、「コチコチ」と時を刻む音がしていたけど、分解されてしまうと「コチコチ」音を止めてしまうのだ。
もう元通りには出来ない。
朝顔のツルのようなゼンマイと無数の歯車と、複雑な形の板の部品の山。
もう元通りには出来ない、どうしよう、困った。
困り果てた私は、部品を紙袋に全部入れて、土の中に埋めた。
家にこっそり戻って何もなかったかのようにしていた私は、家族が家に帰ってくることにビクビクしていた。
しかし、夕飯の時も誰も目覚まし時計が居なくなったことに気付かない。
夕飯が済んで一段落した時に、目覚まし時計が無くなっていることに誰かが気付いた。
家族みんなであちらこちらを探し回った。
きっと何処かに仕舞忘れたのではないかと云うことに成り、私は安堵したのだ。
目覚まし時計が居なくなって数日が過ぎた。
そうしたら、お爺さんがまた新しい目覚まし時計を買ってきた。
それから数日後に二代目の目覚まし時計も再び姿を消した。
今度は、何処かに仕舞忘れたでは済まなくなっていた。
姉と三人の兄と両親、それにお爺さん全員が、二台の目覚まし時計の失踪について議論が始まった。
議論の内容は小さな私には分からなかったが、最終的に家族全員の視線が私に向けられていた。
兄や親父が怖い顔をして私に詰め寄って来た。
私はじっと沈黙を守っていたが、優しいお爺さんが、いつものように優しく「孝宏お爺さんを時計の処に連れて行っておくれ」と言った。私は黙って立ち上がり家の外に歩き始めた。家族全員がお爺さんを先頭に付いて来た。
もう、夜も遅い時間だったような記憶がある。
真っ暗な田んぼ道を、みんなで懐中電灯の明かりを照らしながら、しばらく歩いた。
私が立ち止まった畔には土を掘り起こした跡があり、そこを掘るように親父が怒鳴った。
私が掘り起こすと、紙袋に入った目覚まし時計二つ、土の中から出て来たのだ。
二枚の文字盤で時計が二つということが分かった。
私は酷い目に遭わされると思い、消沈しきって家に戻ってみると、お爺さんが私を褒め始めた。
こんなに幼いのに、目覚まし時計を二つもバラバラに分解できたのは凄い事だと、これは将来大物に成るぞ、という訳だ。
そのお爺さんの一言で家族は黙ってしまった。
親父いわく、「孝宏が、ここ数日に金色の小さな歯車を、コマのようにして遊んでいるのが変だと思った」と言った。
親父はまさか、私が目覚まし時計をバラバラにするとは思わなかったようだ。それ以降に家からネジ回しの類は姿を消した。何処か目に付かない処に隠された。玩具も買って貰えなくなった。どうせ分解するだろうと云う事だった。
以来、私はお爺さんが一番信頼できる人に成った。
そしてお爺さん子になっていったのだ。
ネグレクトの親父や、いつも知らない間に何処かに行って姿を消す母親よりも安心できる家族だった。
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