2016年2月22日月曜日

もしかして?

もしかして?

最近にわかに世の中いろいろな事が起こり始めました。と感じます。
28日は太陰暦の新年正月でした。つまり旧暦で占う命術では、新しい運勢の始まりの日です。紫微斗数では流年の命宮が「申」、「亥」に巡る時には何か有ると云われています。
欽天派の紫微斗数で「必定」を持っている人の事象発生の時期に成った有名人も多そうな感じです。

世界情勢も今年は本格的に「何か有る」年に成らなければ良いのですが。
「ソロンの予言書」では、もうすでに「審判」が始まってようですから、これから益々いろいろな事が起こって来ると思います。世界的な戦乱や天変地異も増えて来そうです。

身近なところでは、有名人の過去が暴露されることが多くなりましたし、政治家も今年(28日~)に入って変になり始めました。自民党も追い風で長期政権維持して居ましたが、旧正月過ぎた辺りから、エロ議員の事や失言議員がゾロゾロ出てきています。このままでは自民党も失速しそうです。安倍首相も流年運の問題の時期に入った可能性がありますね。

野球の清原容疑者も「社会的抹殺」に成りそうですね。このような場合には「遷移宮」に欽天で言う「必定」が有る可能性があります。
エロ議員には「官禄宮・奴僕宮・遷移宮」辺りに「必定」有るかも知れません。さらに「自化科」がいっぱい賑やかに命盤を飾っているかも知れません。
ベッキーさんも「官禄宮」が「必定」かも。このまま社会の表舞台から消えてしまうなら「遷移宮」にも有るかも知れません。
「新婚さん いらっしゃ~い」の桂さん、まさか ここで スクープが表沙汰になるとは夢にも思っていなかったでしょう。でも「必定」で、定まっている日に「事象発生」なんですね。怖いのは産まれた時から、この日が定まっていたということですね。


未来を変えるのは容易では有りません。しかし、自覚できない「魂」、自分で見えない「魂」の存在を知ることで、「魂」を高め力を付け、人生に設定されていた試練を避けたり、乗り越える術も可能と思います。これは普通の事をしていても無理な事ですが、自分の人生のストリーを知ることで困る脚本は手直ししたいものです。

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2016年2月21日日曜日

「来因宮」は前世未了の因縁を看る宮、これは「神理」に通じる

「来因宮」は前世未了の因縁を看る宮、これは「神理」に通じる

220日(土曜日)は、私の紫微斗数の師匠の田中風州先生の「新・飛星派と欽天派」の講座が始まった日です。
私はすでに昨年「新・飛星派」の講座は受けさせて戴いていますが、鑑定相談に来られる方々の命盤に「欽天派」でいう「必定」の条件が3箇所以上も有る命盤の方が増えてまいりました。「新・飛星派」だけの鑑定解釈だけでは、吉凶判断は出来ても、問題の本質を解明するのに難儀する場合も少なく有りません。特に私の所に相談の依頼をされてくる方は難問を抱えておられる方が多いのです。それも4人家族ならご家族全員4人共、命盤に「必定」が2箇所、3箇所以上も有るということは当たり前のような状態です。
相談者さんに詳しくお話を聞けば、お爺さんの世代も、その前のご先祖さんの世代も同じような事が起こっていたという事も多いのです。男の人が皆、短命であったり3人子供が居ても皆独身を通したり離婚したり、あるいは精神を子供たちが病んだりと、「何か因縁が有る」と相談者さんも気付いている事が多いようです。

私は古代神道の「自由宗教一神会」の会長先生の遺された著書「ふしぎな記録」全巻を読み通していますが、鑑定に来られる方の家族全員やご先祖から続く「身情」や「事情」問題には、やはり「ふしぎな記録」に記述されている前世未了の因縁が有ると感じます。
紫微斗数という命術は、そのような問題が命盤に現れるため、「神理」にも繋がる「前世未了」を読み取れる命術と最近、特にそう感じるように成りました。
紫微斗数で読み取れた問題を解決に導くアドバイスを得るには「神理」を学ぶことと強く思い、朝夕毎日、全ての神様に通ずる神名「名無一神王之命」様を唱えてお詣りさせて戴いていまして、昨年は多くのご加護を戴き人生が一変した訳であります。しかし、未だに「一神宮」へはお詣りに行ったことが無かったので、今回の東京行きには是非とも本部にお詣りさせて戴こうと1日前に千葉県松戸市八ケ崎へ向かいました。
不慣れの電車の乗換を何回も乗り継いでバスにも乗って、一神会本部へ到着しましたが、道中はトントン拍子でスムースに目的地に着きました。静岡の自宅から2時間半ほどで付いてしまいました。それも一度も迷うこともなく、電車は次々に連絡がピタリと合い、ホームで永く待つことは皆無でした。幸い天候も快晴で暖かく、大変恵まれました。



一神会本部に到着し、大きな鳥居の所で勝手が分からずマゴマゴしていたら、神殿の方で私が見えたのでしょう。巫女様がワザワザ迎えに来てくれました。
参拝に訪れた理由を尋ねられましたが、「日頃ご加護を戴いて居ますので感謝のお礼参りをさせて下さい」と申したら、敷地内を方々案内して戴き、神殿でのご説明やお作法を親切丁寧に教えて戴きました。
いろいろお話も伺い、帰りにはバス停まで巫女様が一緒に同行してくれました。
とても心が安まる思いでした。

これからは、紫微斗数の「来因宮」から観える、前世未了の因縁を「神理」に則りアドバイスさせて戴けたらと改めてお祈りした次第です。

家族全員、家系に現れる悪現象(身情、事情)が有る方は是非、自由宗教一神会の「ふしぎな記録」を、お読みくださることをお薦めします。内容はとても解りやすく諭すように書かれています。読んで戴ければ判りますが、誰しも身に覚えの有る事が書かれていて「ドキッ」とされる筈です。「神理」では因縁解消は「因縁自覚」が第一歩と記されています。



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2016年2月15日月曜日

「神理」で観る紫微斗数の晩年の財運

「神理」で観る紫微斗数の晩年の財運

一神会発行の「ソロンの予言書 」(不思議と神秘の使者)の152ページから「財産の予言 無形財産(徳=得)」
この中の一部分を以下に引用します。
『有形財産(金銭、土地建物、有価証券など)を貯めて財産家になって 他人に施すこともしないで 豪華な家に住んで 素晴らしい服装をして 金銀宝石を身に付けて うまい物を食べて 人々に奉られて 一生を終わったら 世間の人々は あの人は幸せであった 前世はきっと良いことを沢山やって来た人であろう と言うでしょう』
中略
『しかし 世のため人のために尽くす事も 施すこともしないで 取り込むばかりであれば 有形財産は増えても それより大切な 無形財産は減るばかりです この世の中で 人間として行くのには それだけの無形財産という徳が必要であり 人並み以上の生活をするには 人並み以上の生活権利代として 世のため人のために尽くしたり施したり するのであります それをしないでいますと 大自然の法則神理の働きにより 無形財産は減り 人間失格となってしまいます』
中略

紫微斗数の財運の鑑定法の中に「財帛宮」から化忌星を飛ばして晩年の財運を観る方法の一つに、財帛宮からの化忌星が「田宅宮」に飛星する場合、『この人は浪費傾向が有り、最後まで財を守れない、最後には財を使い果たし、家や不動産を失う事も有る。投資、投機的な事は失敗しやすく、元も回収できずに大金を失い、家・不動産に関してトラブルに遭いやすい』とされています。

確かに私の実践鑑定でも、このような方は居ます。財運に大変恵まれているのにも関わらずです。財運に恵まれているから「まさか!」と思われるのですが、実際にとんでもないことが時々起こっては蓄えた高額の財を減らして行ってしまいます。減らすのは金銭のみならず、不動産も減らし健康も減らして、さらには短命になったりもします。
長寿の命などと云われていても、よくよく鑑定したら、そうでも無いということも有るのです。「神理」によると次に生まれて来る時は動物だそうです。

有形財産に恵まれて居るから前世は 沢山に徳を積んでいた人なのだろうと思ったら、『神理』では、とんでもない! 前世でも「我利我利亡者」で物事の判断は「これして幾ら儲かる?」という価値観の人だそうです。


参考にしてください。

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2016年2月14日日曜日

福徳宮が強く尅される時も「亡くなる時」

福徳宮が強く尅される時も「亡くなる時」

紫微斗数では、人の寿命(亡くなる時)の年月を、予め特定出来る命術ですが、そのようなBlog記事を書くと、また「馬鹿か! お前のような奴は死ね!」とお叱りのコメントを戴きますが、命盤より死期を発見しても通常はご本人へは勿論、他言することは有りませんが、一家の大黒柱のご主人が急逝されて一番苦しみ、困るのは、残されたご家族です。
特に、ご主人がまだお若い働き盛りの場合、その方の家庭状況などを、私も知っている場合には不幸が訪れることを、知らん顔して見守ることは出来ません。それこそ非人間的な情けもない非情な人間ではないでしょうか?

お若いのに死期が訪れる時が、病気、急病、事故災難なのか、命盤からある程度想定が出来ます。そのような時期が訪れる前に、病気の象意が強いのなら早めの精密検査や健康診断をお勧めしています。勿論「死ぬ」などのようなことを伝えることは有りません。
「健康的に非常に心配されます」程度のことは伝えますが。

事故災難が考えられる場合には、その期間は「傾向として事故災難に遭いやすいので日頃から気にして通って下さい。時期が過ぎれば大丈夫でしょう」とは伝えます。
これが、せめてもの救いに成る可能性は有ります。

過去の鑑定例で幾例も事前に大病院での精密検査をお勧めして、街の病院で「異常なし」の結果を得られた場合でも、大病院で「命に関わる疾患」を発見された例が幾例も有ります。

紫微斗数は、そのような使命がある命術と私は強く感じています。「バカ! 死ね!」と言われても、申し訳ありませんが、私は死んでは居られません。
例え厳しい状況でも一途の望みに託して努力することが大切と思います。

人の『魂』は奇跡を起こすこともあるのです。

最近の鑑定でも、本命盤の「六線法」のLINEがかなり悪い方を鑑定致しましたら、来るべき太限、流年、流月で「全て福徳宮」が尅される方が居らっしゃいました。
過去に、まったく同じように「太限、流年、流月」で福徳宮が尅された方が、その年月に急逝されました。その方は軽い疾患でしたが、肺炎を併発されアッという間に逝かれてしまいました。まだ38歳の若さでした。残されたご家族の悲しみ失望は計り知れないのです。
私は「馬鹿もの!」と言われ続けても、人のために少しでもお役に立ちたいと思っています。

誹謗中傷は「屁の河童」です。申し訳有りません。


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2016年2月6日土曜日

試練に感謝

試練に感謝

還暦を過ぎると、自分の人生を振り返って観ることが多くなりました。
このような生業を天職と感じるようになったのは、普通では体験できない数多くの試練、波乱、破天荒な人生を体験させて戴いたからと、今では感謝の念でいっぱいです。
しかも、数多くの試練は自分でも意識できない魂から発するものであったということも紫微斗数という命術に触れることが出来たからと感じています。と、同時に「神理」を学ぶ機会にも恵まれ、宿命という現象の仕組みを知ることが出来たからと感じます。

人は目の前に起こっている「現実」に一喜一憂し「心」を振り回されています。
喜ぶ、泣く、怒る、妬む、恨む、すべて「心」が決めています。その心は自分で意識できる唯一の自分のものです。その「心」が自分を行動させ「現実」という「結果を」を生んでいます。では、その「心」を変えれば「良い現実」を起こすことも可能な筈ですが、これが簡単には出来ない。短気な人に「優しく気長に成りなさい」と言っても簡単には出来ない。「じゃあ努力してみる」と言って悔い改めても、しばらくして、ふとしたことから無意識のうちに「カッと」成ってしまう。何故なんでしょう?
それは「心」の奥に「魂」が有るからです。「魂」は普通は自分では存在すらも意識できない物のようです。持って生まれた「魂」は自分の物であっても自由に成らない物なのです。

これは身体もそうですね。誰もが「身体は自分の物」と思っているようですが、「神理」では神様からの「借り物」です。その証拠に、自分の身体で有りながら、何故忍び寄る「病魔」に気付かないのですか? 無言の臓器といわれる「肝臓」は手遅れに成るまで悲鳴は上げません。自分の肝臓なのに、何故分からないのですか?
病気に成ったり、怪我をしても自分で何故、治せないんですか?

自分の物でないからでしょう。修理不能なまでに壊したら、代わりの身体は買うことも、貰うことも、借りることも出来ません。出来ることは「神様にお返しすること」だけです。
身体を神様にお返しすれば、あなたの「魂」は居場所を失います。人間世界、この世は、現実の世界です。目に見える物だけが相手にされる世界です。形を失ったあなたの「魂」は誰にも相手にされなくなってしまいます。

この世の「魂の居場所」はあなたの「身体」なのです。身体は「借り物」大切に長持ちさせるように使わさせて戴かなくては成りません。

そして、「心」を意識できない所から操っているのが「魂」です。「心」を変える努力をしても直ぐに元に戻ってしまうのは「魂」が変わって居ないからです。
「魂」こそ、あなたの根源で人生を決めている根源と思います。
紫微斗数という命術は目に見えない「魂」を観ることが出来る素晴らしい命術と思います。
自分の命盤からは自分の「魂」が観えますが、人様の命盤からは人様の「魂」が観えるのです。試練の多い人には「魂」に問題が有ると言えます。「魂」は「心」を操り、現実を変えます。試練が多いと感じたなら、「魂」を意識することです。と言っても自分では感じることが難しいので「紫微斗数」で観ればよいのです。そして「魂の研鑽」をすれば人生は変化して行きます。自分の器も意識できるようになります。身に余る富は人のために使えば「徳」という「魂と共にあの世にまでも持っていける」ものを得ることが出来ます。
試練は、本当は自分自身の「魂」を高いレベルに上げられるチャンスなんですね。
多くの試練を体験すれば、「それを活かすことによって多くの人の為に成る」ということです。それが強いては自分の為にも成るという因果関係に気付いたのです。

改めて試練に感謝です。


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2016年2月3日水曜日

宮立命ホームページ <新ページ追加>

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紫微斗数の運命鑑定をご依頼されて来られる多くの方々、大変に厳しい宿命をお持ちの方も多いのが現状です。様々な「占い処」を訪ね歩き、それでもなお解決されない方々が、私のような田舎町の片隅の半分ボランティア状態でやっているような所へ訪ねて、あるいはメールでご依頼されてきます。

確かに命盤鑑定をさせて戴くと、複雑な人間関係に巻き込まれ、どうにも成らなく成ってしまった方、取り返しがつかない人生の大きな過ちを犯して仕舞った方、大切な心の支えとなってくれていた人を突然に亡くしてしまった方、困窮のどん底に落ち込んで一日を生きることさえ敵わない方、不治の原因不明の病に侵され治療の術もなく只々我慢の日々を送る方、若くし余命幾ばくも無いと医師から宣告された方。
例を上げれば限が有りません。紫微斗数の鑑定では、過去、現在、未来の予測は恐ろしいほどに観ることが出来ます。でも、それだけでは何の解決にも成りません。

一番の問題は、起こるであろう未来の事件事象、あるいはすでに起こってしまっている現実の大問題、過去のものと成ってしまった大きな過ち、しかし現実に今なお、その過去の現実に拘束され続けている事に大きな問題が有ります。

紫微斗数で様々な方々の問題を鑑定させて戴いていると、あるものが観えてきました。
事件事象には必ず原因が有ること、偶然に起こったと思うかも知れませんが、命盤に現れて居るということは「偶然」ではないのです。「起こるべくして起こった」という事です。
これから「起こらない」ようにするためにも、起こってしまっても、そこから「立ち直り」「同じことを繰り返さない」ためにも「悟り」というものが必要になってくると強く感じます。『悟りの力・・・難儀辛苦も楽しみに変える』のが『悟りの力』です。
アドバイスでは、そのような事をお伝えするように努力しています。
そのような「魂の学び」、「神理・真理」について解りやすく解説されている書籍を探しだしてみました。そのご本を紹介するページをホームページに追加しました。
どうぞ、ご参考になさってください。

私も、このページに紹介させて戴いている活動に参加しています。





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宮立命ブログは引っ越しをします。

Goo blog をご覧の皆様いつもご訪問ありがとうございます。 宮立命のblogはAmeba(アメーバ)blogで情報展開中です。 どうぞ、ご訪問をお待ちしています。 こちらのGoo blogは今回で更新を終了します。 宮立命アメーバブログは以下のAmeb...